知立の寺子屋 teracoya THANK
所在地:愛知県知立市西町西4
設計:MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO
構造:佐藤淳構造設計事務所
施工:小原建設
teracoya THANKは江戸時代、日本の高い識字率を支えた寺子屋を目指した私塾。
塾生は会員制で小学生が対象。
学年は関係なしに1~6年生まで。
基本的には低学年と高学年、さらに英語のレベルでクラス分け。
英語を使わなければならないルールだが、なかなか子どもに徹底するのも難しい。
そのために日本人のサポートが控えている。
目次
知立という町
立地する知立市は、景行天皇42年(西暦112年)、古墳時代のはるか以前に創建されたといわれる知立神社の門前町として誕生しました。
一時は知立神社神官の居館が知立城となり、その後織田信長の迎賓館となるなど、歴史は波乱に富んでいましたが、江戸期には「東海道五十三次」の三十九番目の宿として整備され、「池鯉鮒」、旧仮名遣いでは「ちりふ」と記しました。
お江戸日本橋からおよそ330km、当時では10日間くらいかかったといわれています。
歌川広重の木版画にも「池鯉鮒」の風景は数枚描かれていて、かつては馬市が開かれるなど賑わったことを物語っています。
今回の敷地は旧東海道に面した寺町の一角、知立古城跡地(現 西町児童遊園)に隣接しています。
知立市に本社がある富士機械製造株式会社
富士機械製造株式会社に勤務する細井亘さんが社長車に同乗していたある日、西町児童遊園に隣接する土地が売りに出ていることを知り、曽我社長からの指示でその土地の調査を始めました。
富士機械製造株式会社は1959年に名古屋市で創業され、現在では知立市に本社と工場を置いてスマートフォンなどの内蔵基盤をつくるロボットメーカー、いわば産業用ロボットのメーカーで海外輸出率は85%。
Wikipediaで「知立市」を調べると、「主な工業」の項目のいちばん上に位置付けられている優良企業です。
企業が地域貢献として何ができるか
曽我信之社長は岐阜県中津川市出身ですが名古屋工業大学を卒業以来、ずっと知立で仕事を続けてきましたから、地元愛も一入です。
時代的にも行政に頼らず、自分たちで社会貢献できないか。
会社としても60年近くこの地で事業を続けているのだから、何か地元に恩返しができないか。
できることならば昔からものづくりに関わってきたこととグローバル性、自社のふたつの特徴を生かしたい。
そう考えました。
すでにCSR(企業の社会貢献)は多くの企業が取り組んでいますが、社会貢献という大雑把なものではなく、あえて地域貢献としてきめ細かいことをしようと考えたわけです。
曽我社長には寺子屋に対する思い入れがありました。
寺子屋的な教育とは学年の違う子どもたちを一緒に教える、躾も教える。
日本の識字率が高い要因が寺子屋だったという説があります。
高齢化社会というけれど、子どもたちを元気にすることが高齢者の元気にもつながるのではないか。
地域の子どもたちに英語で科学を教えよう、科学を教えながら英語で学んでもらいたい。
そしてたどり着いたのが「科学の実験を英語で教えるアフタースクール」というコンセプトでした。
子どもたちを地域へ、そして世界へとつなぎたいという思いが込められています。
「かがく」しながら「えいご」をなまぶ teracoyaTHANK=English After School
これが標語です。
建物のタイトルに付けられた「THANK」は宿の「三十九」との語呂合わせで、感謝の意味も込められています。
会社を、そして自分を育ててくれた地元への感謝の気持ちと、子どもたちに対する期待が、「teracoya THANK」というネーミングに込められているのです。
「ここにはかつて本陣がありました。
いわば政府の要人が宿泊する施設です。
近くには馬市もあって交通の要衝だったんですね」。
完成後、thirty nine CAFEと名付けられたカフェは地域の憩いの場。
メニューにあるランチタイム・カフェが美味しくて人気。
子どもたちのスペースとは完全に区切られていて、隣の公園を眺めながら静かな時を過ごすこともできます。
この場所をスクールに通う子どもたちだけではなく、ご両親やおじいちゃんおばあちゃん、さらには通りがかりの人、誰にでも利用できるオープンなスペースも必要だということから、カフェも併設することになりました」とは細井さんの言葉です。
誰に設計を依頼するか
後で叱られることも覚悟で、勝手にコンペのプログラムをつくってしまったんです。
大通りに面しているわけでもなく、前面道路からも奥まっていて目立つわけでもないので、普通のものを建てても人は集まりません。
ソフトはもっとも重要だけどハードも重要です、だからコンペじゃないとダメなんです。
こんな話を社長に直談判しながらすすめました。
コンペに関しても、忙しい中社長のスケジュールを全部抑えて出席していただきました。
「出てもらわないと絶対に納得してもらえないと思ったので、全部出てもらったんです」と細井さんは語ります。
戦略をきちんと立てられる方です。
このような気持ちのこもった建物の設計者選定は、なかなか難しいもの。
東京で建築の仕事に就いている友人に協力をあおぎ、10人くらい挙げてもらった建築家の名前を頼りにインターネットで彼らの作品を確認し、その中から独力で5組の設計チームを選び出し、指名コンペとしました。
「いきなり電話をして断られるかと心配したんですが、意外と皆さん、フランクに引き受けてくれました」と細井さんは顔をほころばせます。
さらに「お願いした人たちが、将来日本を代表する建築家になったときに、これが自分の出世作だといっていただけるような作品を建てていただきたいと思いました。
だから全員、知立までおいでいただいて敷地を確認していただきました」。
社内審査は社長以下15名ほどで行い、最終的に原田さんたちの案が選ばれましたが、彼らの応募案は2種類。
ひとつは希望予算内で建設可能で応募要項にも正面から応えたもの、もうひとつはチャレンジングなものでした。
面接の時に社長からどちらをつくりたいのと聞かれ、原田さんたちはチャレンジングな方と答えました。
ただし、いい建物ができる自信はあるけれど構造的にも検討しなければならない、時間も予算も予定通りにはいかないかもしれないと素直に話をしたのです。
もともとチャレンジを続けてここまできた曽我社長は迷うことなくチャレンジングな提案を受け入れました。
「この時点で発注者と受注者ではなく共犯関係が生まれたんです」、とは真宏さんの言葉。
伽藍配置を手本に「寺子屋」をつくる
おそらくこの時点でオーナーと設計者に共通のイメージができ上がったのでしょう。
原田さんたちは建築雑誌に掲載が決まったときに「知立の寺子屋」と名付けました。
一方で曽我社長も施設名称を「teracoya THANK」にした。その間、名称に関する打合せは一度もしていません。
「想いが共通していたんでしょうね」、と真宏さん。
正面のアプローチからは、手前は低く、奥は高くなったふたつの平行した棟が見えます。
手前は山門、奥は本堂、その間は境内、つまり伽藍配置と同じ形式が採られています。
この辺りが寺町であり、現在でも多くのお寺が残っている環境に呼応させたのです。
ホールは授業が始まるまで、あるいは授業が終わった後を過ごすスペース。そして宿題ルーム。
ミーティングルームとしても使う。
教室は1階に3つあり、空いているときは自由に使い回している。
授業ですべて塞がる日は、2階のロフト教室が宿題スペースになる。
子どもたちは、みんな靴下まで脱いで気持ちよさそうに過ごしている。
最初はスリッパを履かせるという意見もあったが、スタッフは子どもらしくない、スリッパだと走りにくい、などの理由もあってスリッパ不要を主張。
言うまでもなく子どもたちはここに来ると勝手に裸足になっている。
なお、画鋲は危険なので必要な壁面については、マグネットが使用できるように下地が配慮されている。
床材はホール、教室、廊下、カフェともオスモオークフローリングにUVオスモカラーシルキー仕上げ。
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中央部の天井が低くなったところに設けられたホールは境内に相当し、そのまま西町児童遊園へと視覚的にも動線的にもつながっていきます。
内部は木とガラスが支配的な印象を与えます。
床は一面に「オスモフローリング オークナチュラル(節有)」、エントランスからホールにかけて湾曲する壁面には木製の棚が設置されています。
天井の曲面は「木小梁現し」とありますが、4層集成材で、鱗のように天井を覆っています。
曲線はいわゆるカテナリー曲線。
素材も形も自然が用いられています。
原田さんたちとの会話
Q:木を使った理由は?
A:スペインで生活した体験から、ヨーロッパでは人がつくった建築と自然の世界が対立しているように感じたんです。
そこから、僕は人がつくったものも自然の内側にあるような建築をつくっていきたいというテーマができ、それがいちばん大きいんです。
木を使っていると、風景の中にある生き物、木が建築に姿を変えて、またいずれ風景の中に消えていくような。
そうすると建築が人工物であっても自然の敵対物ではなくなります。
それは非常に素敵な世界観だし、僕たちにとって馴染みのある考え方なんじゃないかな。
木はなるべく無垢でお化粧せずに使おうって思っているんです。
オスモさんの塗料がいいなと思っているのは、お化粧に見えないんですよ。
木がそのまま表れているような色ののり方をしてくれるし、素地感が非常にあるんですよね。
そのくせちゃんと保護するべきところは保護してくれてるんで。
嘘ついた木っていう感じがしないんですよね。
それから、子どもたちが自発的にどう振る舞ったらいいか考えるためには木が最適。
木は人の意図の埒外なところがある。Wildnessがある。
だいたい建材というのは僕たちの意図の埒内にあって、整っている。
ところが木は、どんな木目があるか、節やシミがあったり、ヤニが落ちてきたり、予測がつかない。
だから子どもたちは整った素材の意図の内に閉じ込められている感じがしなくなる。
そんな力がある木という素材は建材の中で唯一だと思う。(真宏)
子どものころおばあちゃん家に行くと、天井が木の板で模様が怖くてねぇ。
ウサギの目に見えたりとか、そういうのあると思う、木の良さって。(麻魚)
本当にそう思う。
最近どこに行っても誰かのデザインが入っていて、意図の内側でしか暮らせなくて、ゴールデンウイークとかに高い金払ってどっか行くんですよね。
そうじゃない場を都市の中につくれたら、どれだけせいせいするだろう、息がつけるだろう。
子どもたちには特にWildnessというか、意図のない、意図から外れたものを渡してあげるのが大事だと思う。(真宏)
Q:思った通りの空間になった?
A:そうですね。
空間から素材から、思った通りの空間ができている。
いちばんの感想としては、自分の子どもを通わせたいと思っている。
自然の原理に抱かれている感じがする。
自然のものを選んでいるから自分に近いんですよね。
生きている自分とここにある建物が非常に近しい関係にある。
自分と同じ時間のスケールを生きている。
コンクリートや石って違うスケールを生きている感じがするんですよね。
木はね、自分と同じスケールを生きている感じがあって、人という存在と近しいんですよ。
今回、形も、懸垂曲線で柔らかい感じになっているんだけど、この形は遠くにあるものがすごい自分に近づいてくる感じがするんですよ。
だからね、さわれる関係になるんですよね。さわれる存在としての建築って、隣にいる感じもする。(真宏)
Q:狭いところもあるけれど大丈夫?
A:施工上すごい嫌がられたんだけど、屋根が床に接近してくるところがあって、子どもが詰まった時どうしますかって言うから、放っておきましょうって。
子どもたちはみーんなそこに詰まりに行くの。
だから、詰まってくださいって。
どんどん詰まるように。(麻魚)
人と建築がとっても近い間柄になるっていうのが実現したかったことで、それができたなって思っている。
その時に触るわけでしょ。
触った時に危ないものがあったらまずいわけだから、ちゃんとおもちゃでも使える塗料だと安心感がありますよね。(真宏)
Q:どのような建築を目指した?
A:建築って、人間と同じように、有機物のタイムスパンを生きているんだけど、ずっと存在していてほしいんです。
一瞬にしてなくなっちゃうようなものじゃなくて。
だから自分の原理っていうのを持っていてほしいんですね。
自立していてほしい。
だけど人と仲間になっているような優しい関係でいたい。
建築に自然科学の原理を潜ませておきたい。
そうすると自然の中にずっとあってくれる存在になるだろうなって思っているんです。
原理をなくしたり弱めていくと優しい雰囲気は出るんですけど、それは、時間は超えていくことはできないから。
建築だからすべての部位に機能とか意味はあるんですけど、使われ方はひとつではないんですね。
本棚の上などは細いルートになっているので、そこの上には行っちゃうし、登るべきじゃないところを登ったり。
いろいろな場所が建築であり場所になっている。
解釈の自由を彼らが持っていて勝手に使っている。
それは願ったり叶ったりで、ひとつの建築なんだけど、いくつもの建築というか場所が重なっているような感じになっていて、それは豊かさだなと思います。
まさに自然の原理でつくっているからかもしれないですけど、彼らが生きている場所として認識してくれている。
使い方の話で言うと、今、朝ヨガ教室をやっています。それは、建築のコンセプトとしてはすごくよくわかる。
健康な身体、健全な身体と健全な建築がやっぱり響くんですよね。
そういう使われ方を呼び込んでいくのはいいなと思って。
これが、お豆腐が積み重なった建築だったらヨガの先生はきません。(真宏)
teracoyaにはお豆腐のように角はないけれど、空間に流れがあり、場に濃淡の変化があります。
だからこそ様々なものが生まれてくるのではないでしょうか。
編集後記
Mount Fuji Architects Studioの原田夫妻とは長い付き合いで、これまでにもいくつか作品を見る機会がありました。
いずれもシンプルでミニマムな木構造システムと連続性と開放性の豊かな空間構成が魅力的でした。
彼らが木を使うことが、ヨーロッパ建築の歴史に対する日本建築のアイデンティティの表出だということは、今回のインタビューで初めて知り、嬉しくなりました。
今回の「知立の寺子屋 teracoya THANK」もこの流れに沿っていますが、立地する場の歴史的コンテクストと不整形な敷地条件を融合させながら、求められた機能を十全に果たしているところが見事でした。
まだまだお二人の活動から目が離せません。
【インタビュー・文・撮影:中谷正人】
新建築社『住宅特集』編集長や『新建築』編集長などを歴任し、現在建築ジャーナリストとして活動している。
【知立の寺子屋 teracoya THANK】
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