愛知県名古屋市、名古屋駅から一駅の金山駅近くの線路沿いに建設された金山ウッドシティビル。
地上3階建ての木造オフィスビルです。
金山ウッドシティビルは、日本福祉大学の准教授であり、建築家の坂口大史先生が、提唱する、『名古屋版Wood City構想』の1棟目の建築で、中規模木造建築の普及モデルとして建設されました。金山ウッドシティビルの設計もされた、坂口大史先生にお話をうかがいました。

名古屋版Wood City構想とは?

『名古屋版Wood City構想』とは、都市の中心部の一角に、複数の中規模木造建築を建設し、木造化・木質化を進めて、街区全体の価値を高めていこうという複合開発構想です。
中規模木造建築を日本でもっと一般的に普及させるためのモデルにしたいと考えています。

名古屋版Wood City構想は、フィンランドの首都ヘルシンキ西部の港湾地区で木造化・木質化を進めようという複合開発プロジェクト「Wood City構想」にならったものです。

ヘルシンキのWood City構想は、同じブロックの中に4棟木造建築を建設するという構想です。
オフィスビル2棟と集合住宅2棟の合計4棟の木造建築を建設して、もうすぐ最後の1棟が竣工予定です。
この構想の目的は、木造で新しくオフィスビルなどの中大規模建築を建設していく際に、どのような課題があるのかという課題抽出をするということと、木を使用した木造建築を日常的に多くの市民の目に触れるようにしたいという意図があります。
ですから、まとまって木造建築を建設し、木造建築で街並みをつくるということを重視しています。

建設されているヘルシンキの港湾地区は、ヘルシンキからフィンランドの南に位置するエストニアや西のスウェーデンに行くための大型フェリーが乗り入れる港です。ですから、船で行く時も帰る時も木造建築が街並みとして見えてきます。そういったことを意図しているのが、ヘルシンキのWood City構想です。

名古屋版Wood City構想は、港ではないですが、線路沿いですから、船の代わりに電車が走っていて、ここに建設することで木造建築を日常的に多くの人に見ていただくことができます。
まず、1棟目として、この金山ウッドシティビルを建設したのですが、この周辺をブロックとみなして、周辺に中規模木造建築を建設していこうという構想です。
1棟だけ単体で建設するのではなく、複数の木造建築を固めて建設することに意味があります。

金山ウッドシティビルについて

金山ウッドシティビルは、金山駅から徒歩2分ほどのところにあります。
金山駅は、名古屋駅から一駅、複数路線が乗り入れ、一日の乗降客数が約40万人の名古屋駅に次ぐターミナル駅です。
線路沿いに建設されているので、日々、多くの人の目に触れ、木造建築に親しんでいただけるようにしたい、このビルを多くの人に見てもらうことで、中層木造建築のモデルを普及させたいという想いが込められています。

木造建築を設計する上でのポイントは、①構造の計画 と ➁防耐火の計画 の二点です。

① 構造計画 に関しては、CLT(※)を使用した時にコストがかかるという点が課題で結局木造建築はコストがかかるという話になってしまう傾向にあるように思います。
ですが、日本では一般的に住宅は木造が多いですよね。
木造建築が一括りに高いという話ではなくて、中大規模木造建築を建設するにあたり、CLTのようなまだあまり使用したことのない新しい木材を使おうとすると高くなるという話なんですね。
ですから、この金山ウッドシティビルでは、一般的に木造住宅を建設する考え方で計画しました。
ただ、住宅を建設する時と同じ木材の大きさでは、中規模木造建築は建設できないので、使用する木材のサイズを大きくしながら、普段住宅を建設している方たちが、住宅を建設するのと同じようなイメージで、中規模木造ビルも建設できるということを感じてほしいというコンセプトで設計しました。

外壁の木ルーバーは、木造建築であるということを直接アピールしたいという考えで採用しました。
裏を返せば、すでにいろいろなところで中大規模木造建築が建設されているのですが、構造が木でも、防耐火の理由などで、外に木を使用していることが見えないことが多くて、そうすると、木造建築であるということが伝わっていないケースが多いという問題意識がありました。
ですから、木を使っているということが周辺住民のみなさんやこの建築をご覧になった方にわかりやすいように木ルーバーのファサードデザインを採用しました。

さらに、今、日本の林業や国産材をいかに活用するかというのが課題になっているので、そういった課題への取り組みの意味も込めて、地域の木材を使って街並みをつくるという考えで、愛知県産材を使用しました。

このビルの用途は賃貸オフィスで、1階と2階に私どもの事務所(studio KOIVU一級建築士事務所)と木工機械(CLTの加工機など)を卸している会社の事務所、3階にCLTのメーカーの事務所と構造設計の事務所が入っています。
中大規模木造建築の案件について何か困ったことがあったら、このビルに相談していただけるという、いわゆる中大規模木造建築の中部地区のプラットフォームになりたいという意味もあります。
このビルのテナント以外でも、木の塗装のことだったらオスモ&エーデルとのつながりがありますし、接合金物のことで連携している会社さんもいらっしゃいます。
CLT以外にも、一般的な製材品やその他集成材などでつながりのある会社さんもいらっしゃいますので、何か木材関係で困ったことがあったら、なんでもご相談くださいねという感じです。

すでに、日本でも大規模木造建築が建設されつつありますが、名古屋版Wood City構想で想定しているのは、都心部の狭い敷地、3~5階建てくらいまでの中規模木造建築にターゲットを絞っています。
そのくらいの規模であれば、住宅を建設する考え方の延長で、オフィスビルなどの木造建築を建設することができるからです。
それより大きな規模になると、独自の工法を考えなければならなくなり、構造設計が複雑になるんですよ。
そうすると、途端にやったことない人が増えるんですよね。
まずは、一回やってみないとという話なんですが、みなさん日々の業務で忙しいから今までやったことのないことを講習通って勉強してできるようにするというのはそんな簡単な話じゃないです。
ですから、普段やっている木造住宅建築の延長でできるぐらいのことが普及モデルだと考えました。

坂口先生が実施された内装木質化の効果に関する実験調査結果について

木質化率0%の木を全く使ってない白いクロスの部屋と、木質化率50%の薄い木の板を張った部屋と、木質化率90%のCLT現しの部屋で、心理的効果、脳波や脈拍、血中酸素濃度など体の変化がどうあるか、また、ストレス度や生産性、創造性などを測りました。
また、経済性といって、白いクロス張りの部屋が0円だとして、薄い木の板を張った部屋、CLT現しの部屋それぞれにいくらくらいプラスで支払いたいと思うかということも調査しました。

そうすると、木質化率90%のCLT現しの部屋が最も効果が高いという結果が出ました。
木の厚みが厚い方が包まれてる感じがするのか、居心地が良いと感じるとか、見た目も重厚感があるといった感想など、ポジティブな反応が見られました。

クロスはコストが抑えられますし、最近は印刷技術も向上しているので、ぱっと見本物の木のように見える木目調のデザインのものなどもありますが、空間に入った時に感じるものがあるんですよね。
触ってみると余計に違いがわかるのですが、人にとって本物の木の方が良いですし、さらに言うと、CLTのように厚みのある木のほうが、安心感や快適性など、より良く感じるということがわかっています。

ですから、この金山ウッドシティビルでは、室内の一部をCLT現しにしていますし、意匠的なバランスも考慮しながら、木の壁や木の建具を採用しています。
CLTは構造でありながら、そのまま現しにもできるので、そういう意味でも良いですよね。CLTとオスモカラーの相性も良いと思います。

CLT現しの壁(右)と木製建具(左)オスモカラー1101エキストラクリアー塗装

金山ウッドシティビルの内装壁は、CLT現しでない部分も、部屋によって、いろいろな樹種の木で仕上げられている

外壁の木製ルーバーとオスモカラー塗装について

耐火の関係で、外壁の仕上げはガルバリウム鋼板にする必要があったのですが、その上をさらに、木製ルーバーをパネル化したもので覆っています。
最初からルーバーだったわけではなくて、最初は板張りにしようと計画していました。
木を外で使用する場合に、どの木材保護塗料を塗装したとしても、木は時間が経てばいずれは絶対に劣化しますよね。
下の方が汚れやすいとか、日がよく当たるところから劣化が進むとか。
板張りにして、木を面で張ると、5年10年経った時に、見た目のコントロールができないと思いました。
ルーバーにしようと思ったのは、縦ルーバーにすれば水が重力ではけやすいということと、ランダムに張れば、長さも厚みも違うので、最初の見た目からもう均一に見えないですし、そもそも色が変わっているように見えるので、最初から明暗も色の違いもあって、こういうデザインが良いのではないかと考えました。

外壁に木を使用するかどうかという議論がよくあって、結果として採用になかなかならないのは、みなさん、ノーメンテナンスにしたいということを前提に考えているからではないかと思います。
メンテナンスするとなるとお金もかかりますから、当然ですが。自然の木を使う以上、メンテナンスをしないというのは絶対に不可能です。
ですから、結果的にできるだけメンテナンスしなくてよいようにしたいのですが、デザインでもうちょっと工夫しておこうと考えて、経年変化を楽しめるデザインにしました。
木というのは、変化するのが当たり前の素材で、ただその変化が、嫌な変化だと使いたくないので、その変化の仕方を楽しめるデザインにしたかったということですね。

オスモカラーの色の選定については、最初はもっとクリアーや薄い色で塗装したいと話していたのですが、さすがにクリアーや薄い色だと紫外線による色の変化が大きくなるので、できるだけ濃い色を塗装したほうがよいと提案がありました。
私もいろいろな事例を見ていて、その点は納得したので、濃い茶系や濃いグレー系などいろいろサンプルをつくっていただいて提案してもらって、木らしさもあって、経年変化した時に劇的に変わりすぎない色を選定しました。

基本的には縦ルーバーですが、横桟もあるので、横桟の劣化は正直心配ですね。
その点もあるので、このルーバーは、工場で、畳1畳分くらいのサイズのパネルにしてあります。
もしどうしても交換する場合には、部分的に交換することもできますし、パネルごと入れ替えることもできるようになっています。

木造建築をする上での課題や難しさと乗り越えるためのヒント

中大規模木造建築の課題は、先ほども話したように、①構造と➁防耐火に関する問題です。

まず、①構造に関する課題解決のポイントは規格化ですね。
サイズをユニット化する、決められたサイズにするということと、できるだけ、事前に工場で作る、量産化、産業化するということです。
工場で金物も全部つけて、現場に納めて、現場でボルトを締めるだけにする。
そうすると、コストも抑えられ、現場の手間が楽になるので、工期短縮にもなります。

金山ウッドシティビルのCLTと集成材を組み合わせた独自開発の耐力壁パネル。事前に工場で製作し現場で、接合金物で固定。施工性の良さから、工期短縮の効果を狙える。

➁防耐火に関しては、日本の基準がヨーロッパに比べると厳しいので、安全面という意味ではもちろん良いことですが、コスト的に見ると、コストアップの要因になっています。
事例が増えてくるともう少し基準が緩和されて、結果としてコストダウンにつながると思います。
防耐火に関しては、基準の問題なので時間はかかりますが、安全面は担保されつつ、もう少し防耐火の基準が緩和されることに期待したいですね。

一つ目に挙げた、構造のプレハブ化、合理化は今できることなので、名古屋版Wood City構想をモデルとして参考にしていただければと思います。

課題はあるが、それでも木造建築を推進したい理由とは?

木が好きだからというのがまずありますね。
建築家として、木造建築ばかり設計するわけではないですが、木造でないとしても、部分的にでも木を使います。
なぜかというと、木が見えたほうがいいなと思うからなんですよね。
また、僕は研究もしていますので木が人間にとって良いというのをデータとしても見ていますから、なるべく木を使いたい、そして木を使うのであればきちんと見せたいと思います。

もちろん二酸化炭素の削減やSDGsへの貢献といった、環境面でのメリットもありますよね。
でも、やはり一番は人間にとって木が良いという点に尽きますね。

名古屋版Wood City構想の今後の予定を教えてください。

計画的には、この敷地周辺で2号棟、3号棟、4号棟の計画があります。
オフィスビルや集合住宅になる予定です。
3棟予定があるうちの1棟の設計が今年中に始まりそうです。

名古屋版Wood City構想が進んでいった結果、金山のこのエリアは今後空き地が出て、新しく建物を建てる場合は外壁に木を使いましょうとかカーボンニュートラルを意識した建物にしましょうみたいな、一定のルールができて、自然と町に木造建築が増えて、エリア全体の価値が高まればいいと思います。

理念としては別にここだけじゃなくて、日本全国いろいろなエリアに広がっていく可能性もあると思います。名古屋版と言っているのはそういった考えからで、岐阜版とか三重版、静岡版とか広がる可能性もあると思っています。

最後に・・・

なぜ、木造を目指すのか?なぜ、建築に木を使うのか?「木が好きだから」「人間にとって木が良いから」というのが、とてもシンプルで素直で本質的な答えだと思いました。
ただ、一方で、コストがかかる、地震や火事、木の経年変化が心配など、採用を難しくしている要因がいろいろとあるのもまた事実です。
そういった難しくしている原因に一つ一つ向き合って、乗り越えるための前向きなアイディアが名古屋版Wood City構想と金山ウッドシティビルには詰まっていると思いました。

※CLT:
Cross Laminated Timber(クロス・ラミネイティッド・ティンバー)の略称。 ひき板(ラミナ)を並べた層を、板の方向が層ごとに直交するように重ねられた木材のことです。 強度が出るので、構造躯体として建物を支えることができ、木造の中低層・高層建築の可能性が広がります。パネルを工場であらかじめ加工して現場に搬入するので、工期を短縮できるなどのメリットもあります。

【坂口 大史准教授プロフィール】
フィンランドアアルト大学大学院博士前期課程修了、名古屋工業大学大学院博士後期課程修了 博士(学術)、一級建築士。
日本福祉大学建築バリアフリー専修助教を経て現在、日本福祉大学建築バリアフリー専修准教授、名古屋工業大学高度防災工学センター客員准教授。
中大規模の木造建築設計計画を中心に、フィンランドの中高層木造建築、内装木質化による創造性や心理・生理的効果等について研究。
また、サーキュラーエコノミーや木材のカスケード利用も含めた環境建築の取り組みにも従事。
森と都市の連関による持続可能な社会を構築するため、グローカルな教育・研究・設計活動に奮闘中。

 

■ studio KOIVU一級建築士事務所 HP
http://studiokoivu.com/

■ オスモカラー
https://osmo-edel.jp/product/osmocolor/