エッセイ

高級住宅と窓

「ドイツの家」は高級住宅ですか?ときどきこんなご質問を受けることがあります。高級住宅が平均的な住宅の坪単価より高い家、ということであればたしかに「ドイツの家」は少しばかり高級な住宅の部類に入るのかもしれません。しかしそう聞かれるたびに高級住宅とはなんでしょうと思うのです。高級住宅は一般的に「一定程度の規模と一定程度の仕様が要求される住宅」とされます。

 高級住宅に対する住宅を小住宅と呼ぶことにします。高級な小住宅も存在しますが建築界では小住宅というカテゴリーが存在するのでとりあえずです。さて、高級住宅と小住宅の本質的な違いとはなんでしょうか。これは設計をしていると比較的かんたんに気づきます。課題が合理性で解決できないということです。つまり機能主義がその空間についての正解を与えてくれないのです。もちろん小住宅にとってのすべての課題が合理性で解決できるということではありません。むしろ小住宅の面白さはそれをある程度犠牲にしたときあるいは発想を転換させたときに生じるといえるかもしれません。いずれにしても合理性は小住宅にとって重大な関心事であることには違いありません。対して高級住宅では機能主義で合理性について正解を導きだしたはずなのにどこか物足りなさが残る、あるいはそもそも機能主義がまったく役にたたないということになります。建築家の篠原一男はそのため「無駄な空間」こそを必要とし「無機能な空間を中心として機能を有する空間を配する」ために広い面積が必要と説きました。

 ではその「無機能な空間」とはどこのことなのでしょう。篠原は住宅についてのそれは「生活のコアー()」としか示していませんが非住宅の例としてピロティやホワイエをあげています。住宅にあてはめればアプローチやコート(中庭)あるいはラウンジなどでしょうか。さて、コアー()としての空間をつなげてみます。たとえば「緑が溢れたアプローチから凝ったインテリアのラウンジに入るとそこから美しいコートが見える」これだけでかなり高級住宅の雰囲気を出しているようにおもえます。そしてそれらの空間をつないでいるのが「窓」です。その窓はかつてのような小窓ではなく可能なかぎり大きな窓のはずです。「設計とはいかに外部を内部に取り入れるか」とよく言われますが、そのためにも大きな窓は不可欠です。ただそのために生活の質を落としたり、たくさんのエネルギーを消費したりすることはすでに許されません。そして現在それらを満たしてくれるのが「ドイツの窓」だと考えています。もし「ドイツの家」が高級住宅だとするならばその一端(とはいえかなり)を「ドイツの窓」が担っているのです。逆に窓をおざなりにして高級住宅は成立しないとも考えています。

 

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